2011年06月22日

阿蘇の草原再生と応援団

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 わが国を代表する景観美の一つとして多くの人々を魅了する阿蘇の草原が、10年後にはもしかしたら目にすることができないかも知れません。阿蘇の草原に異変が起こっていることは、高台に上ってみると一目で分かります。野焼きをした草原は緑の草が風に揺れていますが、人の手が入っていない場所は茶色にくすみ、所々に樹木が伸び始めています。とくに、新緑のころの景色の違いは歴然としています(写真1)。

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写真1.野焼きを続けている場所(左)と放棄した場所(右)のコントラスト.

 阿蘇の草原は細るばかり:主に地元の牧野組合が管理している阿蘇の草原は、2007年度までの10年で約1千ヘクタールも減ってしまいました。1950年代以降のいわゆる「燃料革命」で、草の利用が減ったことが大きな原因です。それまでは田を耕す牛馬のエサや農地の土作りのための堆肥など、生活する上で草が必要でした。それが石油から生まれる代替品に取って替わりました。また、草地の改良で外来種の草が増えたことや、植林が進められたことも原因に挙げられます。
 草原は人の手で守られてきた:毎年9〜10月に草を刈って防火帯を作る「輪地切り」をし、翌年の3月中下旬に枯れた草を焼き払う「野焼き」を行います。草原を「リフレッシュ」し,若くて品質の良い草を育てるこの作業を、牧野組合のメンバーらが長年続けてきました。しかし、経済的理由や生活様式の変化が重なり合い,野草を利用する農家が急速に減少し、野焼き作業の担い手が足りなくなってきました。
 担い手不足への対策を模索中:阿蘇地域には約170の牧野組合がありますが、その3分の1が県内外からのボランティアを受け入れ、輪地切りや野焼きを手伝ってもらっています(写真2)。

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写真2.ボランティアが重要な役割を果たす阿蘇の野焼き.

もはや地元には欠かせない存在になってきました。ただ、彼らはあくまで火を消す係で、枯れ草に点火することはありません。野焼きは、風向きによって火を付ける場所やタイミングをはかる必要があり、豊富な経験と知識が必要だからです。これからは、そのノウハウを地元の若い人たちに伝えていくことも大きな課題になります。
 草原の危機は気づかれない:知らず知らずのうちに失われてきたのが草原です。また,農畜産物をつくるために草資源が大切という意識はあまりなく、雑草と思われているからでしょうか。地元の学校でもそうした教育はなされていないようです。「阿蘇草原再生協議会」では草原について学び、体験し、牧野組合と交流するカリキュラムを組もうと思っています。そのことは、保全活動の担い手作りにもつながるはずです。
 懸念するのは担い手の不足:一番深刻なことは、やはり「野焼き」の担い手が減少していることです。牧野組合や集落組織が弱体化すると、開発業者により草原が破壊されてしまう恐れもあります。草原は手入れの行き届いていない植林地より水の涵養力が高く、希少な動植物のすみかでもあります(写真3)。考えてみると,失うものはあまりにも大きいのです。

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写真3.阿蘇の草原を代表するヒゴタイ. 写真提供:大滝典雄

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写真4.阿蘇の草原を代表するオオルリシジミ. 写真提供:井上欣勇

 草原再生へむけて歩みだす:草原を守るには、草原の環境危機を知り、草原を利用する対価を払ってもらう仕組みが必要です。2005年に発足した「阿蘇草原再生協議会」は、地域住民,牧野組合員,NPO,専門家,行政など、多様なメンバーが参画しています。立場も違えば考え方も様々な中で、今後、各構成員の役割分担を全体合意のもとに調整しながら、保全の担い手を地域に根付かせたいと考えています。
 心強い応援団もできた:2010年10月には、多様なサービスを提供する阿蘇草原を「受益者である県民、国民が支えるべき」という趣旨で、行政、経済界、学会、報道機関で構成する「阿蘇草原再生千年委員会」が発足しました。この委員会は、草原保全活動を担っている阿蘇草原再生協議会を支援し、また、将来、阿蘇草原とカルデラをセットに世界文化遺産への登録をめざします。今後3年間かけて、阿蘇草原の危機と再生への取組みを広く知ってもらうためのキャンペーンやイベントを展開するとともに、目標額1億円の「阿蘇草原再生基金」の呼びかけを行います(写真5)。

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写真5.阿蘇草原再生募金の街頭キャンペーン(熊本市).

このような動きは、「民間型の環境直接支払い」への展開を予測させるもので、新たな環境政策への礎としても大きな期待がかけられています。



プロフィール
高橋佳孝(たかはし よしたか)
1954年 福岡県生まれ。(独)近畿中国四国農業研究センター上席研究員、全国草原ネットワーク会長、阿蘇草原再生協議会会長、中央環境審議会臨時委員、阿蘇文化的景観調査検討委員。農学博士。
農林水産省入省以来、一貫して「里山草地の永続的維持管理と利用に関する研究」に取り組む。近年は、島根県大田市や山口県内、熊本県阿蘇地方を中心に、地域の農家、市民、行政の一体的な草地・里山再生への取り組みと生物多様性の保全、未利用草資源を活用した放牧の普及に従事。

posted by 管理者 at 10:55| Comment(0) | 景観生態学の現在