2010年10月12日

低湿地での景観生態学的研究

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※ 写真:モンゴル・ホブド県ダライヌールにて(写真撮影:横川昌史)

 景観生態学が単なる生態学と異なる点は,景観(域)を構成している湖沼や森林,農地,河川,市街地などといった各生態系間のものの移動(収支)を把握することにあると考えています.そしてその景観要素である各生態系の適正配置などを通じて景観全体を健全にすることが,景観生態学の目的と捉えています(浜端,1996).
 以前,森林地域で森林伐採区と対照区とを設けて森林伐採の研究を行いました.その結果,伐採を受けた流域の渓流水の硝酸態窒素濃度が数年にわたって数倍〜十数倍になり,下流域に栄養塩負荷の影響を及ぼす恐れのあることを報告しました(浜端ほか,2002).この研究は一つの景観生態学的研究といえると思います.しかし,景観生態学を「望ましい土地利用の実現」といった分野までを含めるとすると,森林伐採の研究は森林生態系と湖沼生態系という2つの生態系間の収支を示したに過ぎず,本格的な景観生態学的研究には至らなかったと言わざるを得ないようです.

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※ 写真: (図1) 琵琶湖沿岸域に残る最大の内湖:西の湖(2004/8/2)
 
 近年,こうした景観生態学や農業に関心を持つ学生が研究室に来てくれたので,望ましい土地利用の提示までも視野に入れた研究を,琵琶湖最大の内湖である西の湖周辺(図1)で行い始めました.かつて内湖では肥料として利用するために水草の刈り取りが行われていました.本研究は,その採取量や採取場所,農地に投入されていた水草の量,収穫されていた米の収量等の推定といった,かつての内湖の利用状況や営農状況を明らかにするとともに,低湿地で栽培されていた作物の聞き取りなどを行い,琵琶湖岸の低平地にある農地での,新たな環境負荷の少ない農業のあり方などを見いだそうとする研究です.また,こうした湖辺だけを対象としたものだけに留まらず,山林から湖岸までを一つの系と捉え,集水域と湖辺,湖沼とを結びつけての収支を明らかにする研究も模索している最中です.
 さらに望ましい低湿地のあり方を考える際に無視できないのが,かつて琵琶湖の周りに存在し,戦中戦後に農地化された多くの内湖の存在です.内湖は上流からの栄養塩の削減や魚の産卵・仔稚魚の生育の場として,重要な役割を果たしてきたと考えられています.さらに内湖は浅水湖沼であるために,底質や地形形状,季節の進行とともに起こる水温変動などが本湖とは異なり,植物群落を始め多くの生物に,より多様な環境を提供し,湖の生物多様性を支える重要な役割を担っていると考えられます(浜端,2005).こうしたことから,将来的には内湖や低湿地の復元・再生が本格的に行われるに違いないと思っています.そのための水生植物群落の復元・再生手法を検討するための研究も行っています.その一つとして,琵琶湖東岸の東近江市にかつて存在した内湖の「小中の湖(しょうなかのこ)」跡地から,湖底土を採取し,撒きだし実験等を行っています.そして埋土種子による湿地植生復元の可能性について明らかにしたいと考えています.

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※ 写真: (図2) 埋土種子実験のための内湖跡地からの撒きだし用土壌の採取と種子分析用土壌コア・サンプルの採取(2009/3/7)

 このように,私の研究室では湖岸の低湿地を中心に景観生態学的研究を行ってきています.ただし,研究手法は力業(ちからわざ)的な色彩が強く,一人二人でできる研究ではありません.特に実験の開始時などでは研究室メンバー総出ということにもなり,テーマを持った学生が上級生・教官を手足に使うというのが当たり前になっています.
 琵琶湖岸に大学があるという立地特性を最大限に活かし,これらの研究を進め,琵琶湖という貴重な場の保全・回復を図るとともに,人間と自然との望ましい関係の構築にも寄与したいと考えています.



・プロフィール
浜端 悦治(はまばた えつじ)1950年生.東京農工大学農学部林学科卒,大阪市立大学大学院博士課程中退.博士(環境科学)(滋賀県立大学).兵庫県農林部技師,滋賀県琵琶湖研究所研究員等をへて,現在,滋賀県立大学環境科学部環境生態学科准教授.専門分野:植物生態学,景観生態学,特に水草の分布や生態.今行っている研究は次の5つに分けることができます.@水生植物群落の保全のための研究:植生保全や復元についての情報が不足している水生植物について,種ごとの発芽特性,成長条件等を実験的に明らかにするとともに,A埋土種子による植生復元の可能性の検討を撒きだし実験等によって行っています.B沈水植物群落の水質改善機構等の解明:琵琶湖南湖での1994年以降の沈水植物群落の回復が南湖の水質を改善してきていると考えていますが,まだ明確になっていないその水質改善機構や植生回復後の水草群落の遷移などについての研究を行っています.そして,上記で述べたC湖辺の低湿地等における望ましい土地利用を考える景観生態学的研究,さらにD日本を始めとしてモンゴル,韓国,中国,ロシアといったアジアの湖沼の沈水植物群落を群落学的に調査し,アジアにおける沈水植物群落の体系化を試みるとともに,湖沼を中継湿地として利用している水鳥のフライウェイと湖沼の生物の類似性との関係解明を目指す研究を行っています.

posted by 管理者 at 15:32| Comment(0) | 景観生態学の現在