2010年08月16日

次元が異なる要因を結び合わせる柔軟性と汎用性

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写真:耕作水田で初めて見つけたカワヂシャ(準絶滅危惧種)と筆者

 米どころとして名高い新潟県越後平野の水田地帯を周辺の山々から見下ろすと、最初は誰もみな、その圧倒的な広大さに言葉を失います。平野一面に区画整備された水田と、効率的に配置された直線的な水路が織りなす景観からは、自然の豊かさというよりもむしろ、幾何学的な造形美を感じます。ほんの50年前まで、ここが「地図にない湖」とまで形容された大湿地帯であったことが、まるで作り話であるかのようです。

 縄文時代以降の越後平野の歴史は、人が「水」に向き合い続けた軌跡そのものです。越後平野は極めて広大・平坦・低標高であるのに加え、海岸沿いには砂丘列が発達しています。この砂丘列が日本海への河川水の流出を妨げていたために、かつての越後平野の大部分は水たまりのようになっていました。ひとたび河川が氾濫を起こせば、一カ月は水が抜けなかったといいます。先人たちはそのような湿地帯を切り開いて水田(湿田)として利用しました。河川から大量に供給される融雪水に胸まで浸かりながら田植えをし、舟を使って移動や運搬を行っていました。その「農地」は、遠目には巨大な湖にしか見えなかったといいます。第二次世界大戦後の強力な排水施設の導入と圃場整備による乾田化によって、越後平野は国内最大の水田単作地帯として劇的な発展を遂げました。その代償として、本来あった野生生物で賑わう豊かな水辺環境を失うことになりました。先人たちの悲願であった乾田化は、人間に多大な恩恵(治利水・農作業の効率化)をもたらした一方で、多くの野生生物に凄絶な打撃を与えました。現在では、かつて越後平野に普通に生育していた生物種の多くが絶滅、もしくは激減してしまっています。今日の越後平野には、先人たちが「水」と向き合っていた時代の面影はありません。多くの人々は、「水」がもたらす豊穣のありがたみ、災害の恐ろしさを実感することなく生活しています。このような沖積平野における環境の激変は、全国各地の他の沖積平野においても同様です。人間側の安全と経済成長を最優先した国土開発によって、日本の水辺環境における生物多様性は、わずか半世紀で壊滅的に失われたのです。

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写真:乾田化以前(昭和26年)の越後平野における稲作の様子(本間喜八氏撮影)

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写真:乾田化された現在の越後平野

 水辺環境における生物多様性を再生させ、持続的に保全していく管理方法を考案するためには、第一に、どのような特性を持った種がどのような環境に生育しているのかを理解する必要があります。そのためには、例えば水田地帯における植物を対象とする場合、緻密な野外調査(植生調査の他に、水深や除草剤使用の有無など)を実施することはもちろん、その場所の空間特性(耕作田なのか休耕田なのか、もしくは水路なのか)、そして地史的背景(乾田化以前にどのような環境であったのか)を考慮する必要があります。これらの時間的・空間的に次元が異なる要因を有機的に結び合わせて一元化する柔軟性と汎用性、それが景観生態学の強みであると考えています。さらに、河川域、湖沼域、水田地帯など、これまでの生態学では(結果的に)独立のものとして扱われてきた各環境も、景観生態学の視野ならば「沖積平野を構成する水辺環境の1つ」として捉えることができ、「沖積平野」という同じ土俵の上で生物の分布特性・種数・種組成などを比較することが可能となります。各水辺環境で特異的に出現する種はどのような特性を持っているのか、それらの種が出現するために必要な環境条件は何なのか、そしてその環境条件を実現するために求められる管理方法はどのようなものなのか。この問いに対する答えを導き出すために、私は越後平野の水辺環境に通い続け、野生植物の分布を調査してきました。水辺環境における調査では、わずかではありますが、随所から確かに「かつて大湿地帯であった」という、土地の記憶を感じることができます。まだ、完全に失われてはいないのです。博士論文では、このデータをまとめ、「越後平野をモデルとした、沖積平野を単位とする植物種多様性の持続的な保全指針を構築」することを目指しています。ここに書いてしまったので、もう後には引けません。眉間の皺を指で揉みながら、パソコンの前でうんうん呻る毎日です。

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写真:休耕田での植生調査の様子

 50年後に、山の上から越後平野を見下ろすことを楽しみにしています。私の頭の中の50年後の越後平野は、多様な水辺環境がぐちゃぐちゃと混在し、多くの生物(人間含みます)のにぎわいを感じられる、自然美溢れる景観が広がっています。



・プロフィール
石田 真也(いしだ しんや)
1983年生まれ。新潟県田上町出身。学術修士(新潟大学)。
新潟大学農学部卒業、新潟大学大学院自然科学研究科博士前期課程修了。現在、同博士後期課程3年。2008年度より、日本学術振興会特別研究員DC(生物学)。

posted by 管理者 at 18:15| Comment(0) | 景観生態学の現在