2009年12月01日

小規模博物館の普及活動と景観生態学

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 私が植物担当学芸員として勤めているきしわだ自然資料館は,人口約20万人,だんじりの町として有名な岸和田市にある自然史博物館である.正職員の学芸員は3名で,館長や非常勤事務職員などを含めても,6名できりもりしている小規模博物館である.博物館学芸員の業務は,研究,資料の収集・整理・保管,教育・普及活動の3つに大別されるが,特に地域密着型の小規模博物館では,教育・普及活動業務の割合がとても大きい.

 常日頃,博物館の学芸活動,特に普及活動の中で,景観生態学を生かしたいと思っているが,残念ながら,充分に実現できているとは言えない.まず,「景観生態学」という用語は市民には通じないことが多い.「植物生態学」や「昆虫分類学」は通じるのだが,生態学における「景観」の意味を意識している市民は,まだ多くない.そんな現状ではあるが,自分が担当した観察会では,特定の生物だけの観察だけにならないように,周りの環境について意識させたり,観察の視点やスケールを変えさせたりする工夫は,できるかぎりしているつもりである.普通の自然観察から,生態学的な自然観察へ,生態学から景観生態学へといった努力と言ってもいい.小泉武栄さんの著書『山の自然学』のまえがきに,「『あっ,コマクサだ.きれいだなあ.写真を撮ろう』で終わるのではなく,『どうしてここにコマクサがあるのだろう?』と考えると,山の自然学が始まります」と書かれているが,この視点の変化は生態学的そしてさらに景観生態学的な自然観察のスタート地点だと思う.とはいえ,実際には,特定のサイトを歩き回るだけの観察会では,個体・種から群集といった視点・スケールの変化はできても,その視野を景観にまで高めることは,なかなか難しいものである.

 景観生態学の研究ツールとして,GISが有効なのは言わずもがなであるが,「景観生態学的」自然観察会では,バスというツールがとても魅力的である.景観生態学会のエクスカーションでも,バスで移動して,眺望のよい場所からその地域の全貌を眺めて,景観構造について解説してもらったり,逆に現場に立ってみて,スケールや視野,立場を変えて考えてみたりする.このエクスカーションは,景観生態学の意識を持ちながら自然を見るという訓練にもなるし,私が日常行っている観察会の参考にもなっている.もちろん,生身を使って山の頂まで登ることもできるが,それでは観察場所が限られてしまうのである.小規模博物館の予算では,バスのレンタル代すら,まかなえないことが多いが,今年は,日本科学技術振興財団の「地域の科学舎推進事業地域活動支援」を受けて,「社寺林から学ぶ生物多様性入門」という全9回の社寺林での観察会・講座を行うプログラムを実践することができた.これは,地域の社寺林を観察の舞台とした自然観察会で,そのあり方や保全の取り組みを地域の市民に知っていただき,生物多様性について考える機会とするものである.これを申請した理由には,景観生態学会のエクスカーションのような体験が地元でも,できないだろうか?と思ったことが大きい.さまざまな社寺林を数多く巡るだけでなく,スケール・視野を変えながら見る.自然復元の目標サイトと,実際に造成されたサイトを市民の目で見て,肌で感じてもらう.そんな景観生態学的な視点からの自然観察会である.

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 全9回のプログラムのうち,2009年11月末までに7回が終わり,地元の社寺林のほか,社寺林を復元目標にした万博記念公園自然文化園や「いのちの森」(復元型ビオトープ;京都市)なども訪ねて,観察会を行ってきた.市民からの感想として,「私も,自然保護や自然回復に貢献したいとは思っていたが,(いのちの森モニタリンググループの活動を知って)実際に実践されている市民がいることに驚きました」「自然の見方が変わる観察会でした.感激しました」という参加者の意見などもいただいた.大変ありがたいことである.しかし,その反面,参加した小学生の意見として,「難しい言葉ばかりで,全然意味がわからない」「難しすぎて,もう参加したくない」等もあった.子どもの単刀直入な意見は,ずしんと突き刺さる.私の景観生態学の普及・教育活動は,まだまだ努力が足りないと感じているが,手ごたえも感じる1年だった.

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・プロフィール
村上 健太郎(むらかみ けんたろう)
1973年大阪府生まれ.博士(農学)(大阪府立大学)
大阪府立春日丘高校,大阪教育大学教育学部(社会文化コース)卒,大阪府立大学大学院農学生命科学研究科博士後期課程修了.岸和田市立きしわだ自然資料館非常勤学芸員(2000年4月〜2005年3月)を経て,2005年4月より,同博物館学芸員.2004年3月,非常勤学芸員として勤めながら,博士号を取得(博士論文:都市内孤立緑地における植物種多様性の保全に関する研究).学芸員業務の傍ら,景観生態学,造園学分野などの研究論文を執筆しており,最近の研究テーマは,地球温暖化やヒートアイランド現象などの気候変化が植物の分布・生態に及ぼす影響,都市内孤立緑地の生物多様性保全(特にシダ植物)に関する研究など.

posted by 管理者 at 09:52| Comment(0) | 景観生態学の現在