2009年09月16日

新しいコミュニティづくりの中心で景観生態学をさけぶ

 「火入れ開始!!」.緊張した雰囲気の中,山焼き実行委員会・元気なシニアの方々の指示.微妙な風向きを読みながら,次々と出される指示に従って走り回る30〜40代の男性.広島県北広島町・雲月山の早春の風物詩である,山焼き開始の1シーンである.火入れは山頂部から行われる.火はススキ,ササを焼き尽くしながらゆっくりと下山する.火入れから約50分後,最後に山裾部から火が入れられる.山頂からの火と山裾からの火が激しく衝突した瞬間,『バチ』と大きな音を立てて一瞬に火は消える.どこからともなく,拍手が聞こえる.火入れを遂行した関係者間で相互にねぎらいあうように・・・・(第8回全国草原サミット・シンポジウム(北広島):2009年9月26〜28日に参加頂けますと様々な視点から草原の取り巻く課題もご理解頂けます.草原再生の必要性,山焼きの意義も含め,詳しくは全国再生ネットワークHP(http://www.sogen-net.jp/)参照下さい.)

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※写真:雲月山の山焼きに延焼防止ボランティアとして参加

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※写真:雲月山の山焼き

 山焼き後,みんなで温かいうどんやぜんざいを頂いていた時,生涯忘れることはないであろう光景を目の当たりにした.山焼きの諸作業を終えて下山してきたシニアに向かって,一部始終を見守っていた孫とおぼしき小学生(低学年)の男の子が大声で言った.「おじいちゃん.カッコ良かったなあ.友だちに思いっきり自慢したわ.」シニアは孫の頭を優しくなぜながら無言のまま,満面の笑みで答えた.

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※写真:雲月山(山焼き前)

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※写真:雲月山(山焼き後)
 
 上記のシーンが「生涯忘れることはないであろう」と思えてならないのはなぜか?「豊かな生態系を次世代に引き継ぐことは我々の責務である.過疎化,高齢化が進行する我が国の農山村において,持続可能な地域資源管理をいかに進めるか?至急に対処すべき課題の1つであり・・・・」といつも能書きを垂れていた『私の知見の底の浅さ』を反省せずにいられなかったからです.何よりも優先的に考えるべきことは,上記のような老若男女の笑顔のキャッチボールの再生ではないのか?

 ちょっと立ち止まって,草原の話から身の回りの課題に目を向けると・・・・市場経済で測定できうるようなものの多くが飽和し,「国を挙げての経済成長」という目標が輝きを失いつつあること,そして,資源の調達や販売をより広く・全世界に求め,とことん効率化を追求する『世界市場化』の推進だけでは豊かさは実感できないことは,多くの方々が体感されているように思います.その一方で,地産地消に代表されるような新しい地域重視の考えた方が定着しつつあります.そして,安心・安全・信頼関係,やすらぎ,親しみ感の喪失に対処すべく地域社会を支えるコミュニティの再生が叫ばれ,様々なNPOや協同組合,社会起業家等々の多様な活動・事業や実践にみられるように新しいコミュニティづくりに向けた多くの取組みが試行錯誤の中で進められています.本物の豊かさを探して「いかにして新しいコミュニティを創造するか?」が我が国の未来や地域社会の今後を展望する上で中心的な課題であることについて,議論の余地はないと思います.

 では,新しいコミュニティづくりの拠点となりうる『場』とは?この問いに対して,広井(2006)は「『市場経済を越える領域』,例えば福祉・医療,環境,文化,スピリチュアリティ等に関する領域を支える空間のような,高齢者ケア,子育て支援等の福祉・医療関係施設や公園,農園地を含む自然関連の空間が大きな意味を持つに至るであろう.」と述べています.「でもなあ.そんな『場』は現実にあるのだろうか?」.身内の福祉・医療関係者から現実の厳しさを何度となく聞かされてきた私は漫然と自問する日々を送っていました.残念ながら,あしかけ10年目になる草原再生に係わる研究との繋がりを全く意識できないままで.

 そんな私に大きな示唆を与えくれたのが前述の北広島町雲月山の山焼きでした.地域のシニアに活躍の場を提供する(間接的ながら)福祉・医療の場であり,地域の自然環境・歴史文化特性を踏まえ叡智の伝承が行われている空間であり,そして,(当時徳島からの交通費を負担した私を含め)参加費を支払って山焼きに参加する地域住民,ボランティアの活動・・・・.まぎれもなく『市場経済を越える心豊かな領域』が目の前にありました.

 草原を含めた里地・里山等の二次的な自然の劣化が危惧される中,その保全・再生に向けて様々な議論がなされています.例えば草原についてみると,茅葺き材料や肥料の採取の場として利用や放牧の場としての利用等,地域共有の財産の適切な管理・利用のためにコミュニティが形成され,相互に規範,価値観が共有される中で,結果的に地域独自の歴史文化が継承され,結果として地域に特有な生態系が保全されてきました.それ故,草原の保全・再生を考える時,地域の共有の『場』の管理目標に係わる合意を形成しつつ,コミュニティづくりを展開するというのが正攻法として想定されます.しかしながら,地域住民と地域の共有の『場』とのかかわりが喪失し,管理目的が見出せないばかりか,前述の通り,コミュニティづくり自体が課題となっている現状を鑑みると,この方法が現実的なアプローチではない側面も持ち合わせていると思えてなりません.

 むしろ,前述の我が国が抱える社会的な課題を踏まえた時,逆説的なアプローチが有効ではないか?と私は思っています.すなわち,二次的な自然の保全・再生を第一義的な目標とするのではなく,新しいコミュニティづくりを目標として前面に打ち出し,新しいコミュニティがもたらすであろう『市場経済を越える領域』の福利(例えば,新しい関係性に基づく安心・安全・信頼・安心関係,やすらぎ,親しみ感の充足のほか,福祉・医療,文化,スピリチュアリティに係わる充実等)を示す.その上で,新しいコミュニティづくりを推進する拠点として,地域独自の叡智が伝承され得る『場』である,草原を含めた里地・里山,そして,里川・里海・社寺林等を位置づけることが重要ではないか? そして,生態学的にも意義のある手法として『場』での諸活動の展開を提案・実践(+順応管理支援)するという取組みこそ重要なアプローチではないか?当然ながら,このアプローチは新しいコミュニティづくりに直接的につながるだけでなく,劣化が危惧されている里地・里山等の保全・再生へも繋がる可能性が高いことは言うまでもありません.

 上記の展開には先のブログ記事で伊東先生が述べられた『生態系や景観の構造の変化,人間活動のあり方等自然科学と社会科学を含めた議論の展開』が不可欠です.また,上記のアプローチ自体が,同じく鎌田先生がブログ記事で述べられている『国土全体といった広域スケールから個々の地域の現場といった詳細スケールまで,異なった空間スケールを行き来しながら,生態系機能を発揮させ続けていくために必要な論理的基盤,「科学知」を提供する景観生態学的なアプローチでもあります.景観生態学が提供する「科学知」は,土地利用の施策や地域計画に活かされるばかりでなく,「いかにして新しいコミュニティを創造するか?」という我が国の最大の課題に大いに貢献できるのではないか?と考えを巡らす時,まだまだ広がっていくであろう,景観生態学の可能性にワクワクせずにはいられません.

 出典:広井良典(2006)『持続可能な福祉社会−もうひとつの日本の構想−』,ちくま新書,東京,269pp



・プロフィール
小串重治(こぐし しげはる) http://greenfront.cocolog-nifty.com/blog/greenfront.html
1966年愛知県生まれ.博士(工学)(徳島大学).
愛知県立岡崎高校,岡山大学農学部卒,岡山大学大学院農学研究科修士課程修了(1990年).環境コンサルタント技術者((株)パスコ:1990年〜1993年,総合科学(株):1993年〜)として『環境アセスメント』,『森林機能評価』,『荒廃地の緑化復元』,『河川生態系の評価と住民参加の多自然型川づくり』等の地域環境マネジメントに係わる業務を担当.2003年に徳島大学大学院博士後期課程に入学.苦節6年?働きながら博士号(工学)を2009年取得(博士論文:『二次草原再生に係わる生態学的評価と社会システムの再生』).同年,郷里の愛知県岡崎市にてグリーンフロント株式会社を設立(代表取締役社長取締役).地域の緑づくりと福祉の融合をテーマとした様々な『人と人,人と自然の絆の再生』をライフワークとして,多様な分野の研究者,行政,コンサル技術者,地域住民を繋ぐ『環境マーケティングエンジニア』(造語)を目指す.現在,総合科学(株)の愛知事務所長・徳島事務所長,全国草原再生ネットワークの事務局,大学の非常勤講師(徳島大学,名古屋産業大及び大阪産業大),グラウンドワーク大山蒜山の理事,徳島保全生物学研究会の研究員も兼任,7枚の名刺を使い分けて奮闘中.

posted by 管理者 at 15:41| Comment(0) | 景観生態学の現在