2009年08月31日

景観生態学から広がる可能性

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 景観生態学は,先のブログ記事で伊東さんが述べられたように,人間を含む生物と空間の特性と関係を解明し,そこから土地利用の施策や地域計画に展開していく学問です.個々の研究はそのプロセスのいずれかの段階に関わるものであるといえます.従って,これからリレー形式で続いてゆくブログ記事の内容も,書き手ごとに多岐に渡るものになるでしょう.

 単に景観≒広域という意味で,広域な空間スケールを扱う生態学という概念に留まることなく,この学問だからこそ取り込めるような,文化性や歴史性といった部分,つまり人間の息づかいのようなものを生物と空間の関係の中に落とし込んで,それを解明することが景観生態学には可能だと思われます.勿論,あらゆる時空間スケールにおいて人間を含む生物との関係を明らかにすることは可能ですが,景観生態学はこれらの関係を最も見えやすく提示することができ,解明する上でも取り扱いやすい分野であるといえます.

 だからでしょうか.景観生態学会に集う研究者達は,ゆるやかに繋がり,垣根をつくらない気持ちが共有されているように思えます.互いに刺激を受け,排他しあわない関係が築かれているような気がします.また一方で,景観生態学やランドスケープエコロジーに対して,その概念や定義に対する議論が長らく行われてきたのも,このような学際的で横断的であるという特徴が一因にあるかもしれません.

 私自身の研究のスタートは,緑地気象学を軸とする観測実験を中心にしたものでしたが,徐々に空間における人と自然の関係を明らかにすることへと興味が広がり,都市における緑地の価値評価を行うために,GISを用いた森林や緑地の空間情報解析や,資料の分析による文化と人々の認識との関係性の解明に関する研究を行ってきました.その過程で社叢空間に興味を持つようになりました.

 都市における社寺林の特徴は島嶼生態学とも呼ばれるように人工改変地のなかにおいて残された残存的な緑地空間であることがあげられますが,景観生態学会誌でも特集が組まれ,さまざまな観点からの報告が行われました.社叢は,その土地の風土,空間における人間と自然との関係に,信仰というファクターが加わり,互いが結びついて成立してきた空間です.時代の変遷とともに土地の改変が行われ,価値観も変化しつづけていく中で,現在まで存在し続けてきた場所です.

 私が取り組もうとしている研究課題は,現在まで取り組んできた社叢の意義,重要性を明確にするとともに,それを評価するシステムを構築しようとする取り組みです.自然環境や環境問題に対する態度・行動のメカニズムの解明,価値観の構造,宗教性,文化性,などが研究テーマとなりますが,日本人の自然観は日本でこそ成立する風土や歴史文化の中で培われてきたものであり,それが持つ潜在的な部分の解明に興味があります.

 最後に,この文章を読んで下さっている方の中には学生の方もいらっしゃると思います.研究は楽しい反面,様々な事に悩むこともあるかと思います.それは苦しいかもしれませんが,本質的な何かを掴むための又とない機会であり,ひとつもマイナスではありません.現在私はポスドクという立場にありますが,そこでは学生時代の研究テーマとは異なる研究に携わっています.しかし,すべてが繋がっていると思えるのは,その先に自分は何をみているのか.培ってきたことがどのように活かされていくのか,自分の体を使ってこの先何が出来るのかを考える機会を学生時代に持てたからだと思うのです.いつかまた機会があればその時期に得たことをお伝えできればと思います.

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・プロフィール
藤田直子(ふじた なおこ)
1976年熊本県生まれ.博士(環境学)(東京大学).
熊本県立済々黌高校,千葉大園芸学部卒,東京大学大学院新領域創成科学研究科博士課程修了.2006年から東京大学ポスドク研究員,2008年から国立環境研究所ポスドクフェローを経て森林総合研究所特別研究員.現在REDD(途上国における森林減少と森林劣化に由来する排出削減)に関するリモートセンシングを用いた森林モニタリングに関する研究に従事し,その傍ら里山社寺林一体型保全にむけた自然観を組み込んだ多義的緑地評価システムの構築に向け研究に取り組んでいる.

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2009年08月03日

大地の芸術祭と景観生態学

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 「妻有」というのはとどの「つまり」のことらしい。日本で、いや世界で最も豪雪地帯の集落がここ、越後妻有。この限界集落の見本のようなところは、震災のダメージも受けました。そこが、この夏、現代アートの拠点というか、アートの里として世界的な注目の的となっています。NHKも取り上げたのでご存知の方も増えましたが、2000年に始まった時は、こんなわけの分からないイベントに協力しようという集落は、わずか2つだったということです。

 3年に一度の越後妻有アートトリエンナーレの総合ディレクタは北川フラムさん。土地固有の自然と文化の歴史のなかで、アーティストと里山、過疎地と都市、若者とお年寄りの交流と協働を仕掛ける試みは、これからの生態系マネジメントを考える上でも、模範とすべきものでしょう。「協働という言葉を使い出したのは私」と北川さんに伺いました。 実は京大の地球環境学舎の院生がこの取組みをテーマに博士論文を仕上げたのですが、私も里山再生の手がかりを探る目的で、行って参りました。今回のオープニングの挨拶で、北川さんをサポートしてきた福武總一郎さんが、地球環境危機、経済危機のなか、現代アートを触媒としてこれからの低炭素・循環型・自然共生の地域振興のモデルを作る意義を強調されていたのが印象的でした。

 ボランティアグループ「こへび隊」に案内してもらいながら、豪雪地帯でも夏は高温多湿、昼夜の気温較差があって、棚田と里山の交錯するこのあたりが最高ブランド米の魚沼産コシヒカリがとれるんだ、と地域景観の論理を勉強。作品を1カ所に展示するような、イサム・ノグチの言葉を借りれば「芸術作品の墓場」ではなく、都市の利便性とは対極の、妻有に点在する200の集落をベースに展開されるアート群であることが、いろんな触媒作用を生み出しているようです。

 作品を見ようと思えば、当然、地域の山や集落の佇まいや棚田が目に入ってきて、瀬替という中世にも記録のある、蛇行河川の流路変更によって河道を水田化した風景に気づきます。道沿いは、随所に草花が美しい。よく見れば、民家には垣根がありません。その代わりに庭先やのり面は、草花や花木でさりげなく装われています。それは地域の方の来訪者に対するホスピタリティを表していると、北川さんは「径庭」(みちにわ)と名付けてられました。

 バスにゆられながら、先日の景観生態学会新潟大会での、紙谷先生のご案内で回った、とても充実したエクスカーションを思い出しました。あのときは、「潟」つまり氾濫原の水田での生き物再生と源流域のブナ二次林のパッチ状間伐が見られて、たいへん有意義でした。今回はその中間にある里地里山です。なかでも松之山・松代の集落景観は棚田が美しい。ため池では絶滅危惧種の生き物が普通に見つかります。私も関わった朝日新聞130周年、森林文化協会30周年記念事業の「にほんの里100選」にも選ばれました。

 つまり妻有を超えて流域全体が、これからの自然と人間の関係のモデルを探る、景観生態学の研究テーマの宝庫のように思えてきました。

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写真1:瀬替(せがえ:蛇行河川のショートカット)で旧流路に作られた水田

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写真2:棚田ならではのアート(イリヤ&エミリヤ・カバコフ2000)農舞台から見ると「詩」も加わる仕掛けもある



・プロフィール
森本幸裕(もりもと ゆきひろ)
1948年大阪府生れ。農学博士(京都大学)
京都芸術短期大学、京都造形芸術大学、大阪府立大学教授等を経て、京都大学大学院教授(景観生態保全論分野)。日本景観生態学会会長、ICLEE副会長、中央環境審議会臨時委員、京都市美観風致審議会委員など。

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