2015年09月22日

東日本大震災3年目の被災地における景観変化−平成26年度東北太平洋沿岸地域植生・海域等調査結果−

 ポスター賞をいただきましたアジア航測(株)の染矢と申します。震災後4年目を迎えて、震災関連の学会発表が少なくなっていく中でこのような賞をいただいたことを大変光栄に感じております。今後とも被災地における自然環境の保全や再生に少しでも貢献できるよう尽力したいと存じます。

 2011(平成23)年3月11日に発生した東北地方太平洋沖地震とそれに伴う津波は、東北地方太平洋沿岸の自然環境に大きな影響を及ぼしました。アジア航測(株)では、環境省生物多様性センターからの請負により、震災の翌年から津波浸水域(青森県〜千葉県)とその周辺において、津波等が自然環境に与えた影響や変化状況のモニタリングを実施してきました。今回のポスターは、地震発生から概ね3年目にあたる平成26年時点の植生や海岸域、藻場・アマモ場の分布等についてのモニタリング調査結果をとりまとめたものです。以下、調査結果の概要です。

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図1 学会ポスター

(1) 植生調査:震災後3年目の植生変化を把握するため、画像解析と現地調査にもとづき、植生図および植生改変図を更新しました。震災前から平成26年度までの変化をみると、農地復旧による耕作地の増加や復興・復旧工事等による造成地の増加のほか、「自然植生が残存」が減少する一方で、部分的に自然植生が回復しつつあることも明らかになりました。
(2) 海岸調査:青森県〜千葉県までの太平洋沿岸の砂浜・泥浜で、海岸汀線、海岸後背地の土地被覆状況を最新の画像で調査しました。この結果、平成24年に比べて一部の海岸では汀線の回復が遅れたままでしたが、一旦後退した汀線の多くが回復傾向にありました。
(3) 特定植物群落調査:過年度調査結果を踏まえて津波浸水域の26件について現地調査を実施した結果、15件で津波等による影響が確認されました。その他、塩沼地植生等、3件は砂浜回復に伴う自律的な再生が進んでいることを確認しました。
(4) 重点地区調査:過年度調査をもとに6地区を選定し、ベルトトランセクト調査、動植物相調査等を実施しました。動植物相調査では、それぞれの立地に応じた希少種が確認されましたが、場所によっては今後の生態系への人為的な影響が懸念されました。
(5) 藻場・アマモ場分布調査:最新の空中写真をもとに画像解析、判読、ヒアリング等により分布素図を作成しました。第5回自然環境保全基礎調査(平成9〜13年度)分布図と比較すると、コンブやワカメ等の岩礁性藻場は、どの市町村も概ね8〜9割程度残存しているのに対し、非岩礁性のアマモ場は残存率が2〜5割程度と低くなっている市町村がありました。

以上の調査成果は、環境省の以下のWebサイトで公開、情報発信を行っております。

○ しおかぜ自然環境ログ http://www.shiokaze.biodic.go.jp/.


 今年度(平成27年度)は、集中復興期間の最終年度としてこれまでの調査成果をとりまとめて、東日本大震災やその後の復興事業によって自然環境がどのように改変され、消失してきたか、あるいは震災後4年間の回復状況の評価などを行う予定です。

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図2 しおかぜ自然環境ログ



染矢貴(そめやたかし)
1965年生まれ。宮崎県宮崎市出身。広島大学総合科学部卒業後、アジア航測株式会社に入社。博士(学術)。現在、同社環境部(新百合技術センター)で植生調査や自然環境の保全・再生に関わる調査等に従事。趣味・興味・関心のあることは、散歩(路上観察)と音楽鑑賞(ギター演奏など)。

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2014年11月13日

農地の空間分布パターンがニホンザル農作物加害群の行動圏選択に与える影響

 日本景観生態学会第24回金沢大会にてポスター賞をいただきました、新潟大学大学院の中村勇輝です。この度、このような賞を頂きましたことを心から嬉しく思いますとともに、この研究をより良いものにしていくための決意を新たにしております。今回の研究はニホンザル農作物加害群の行動圏面積と群れ頭数、環境の質、生息地の景観構造の関係性に着目した研究になります。

 近年、ニホンザルによる農作物被害が全国的に発生しており、深刻な問題となっています。各地域で対策がなされてきていますが、被害が慢性化する地域や新規化する地域が多い状況にあり、加害群の生態学的知見に基づいた効果的な被害管理が求められています。しかしながら、ニホンザル農作物加害群の生態学的な研究は自然群と比較して数が少なく、まだまだ不明な点が多いのが現状です。そこで今回は、基礎生態的な分野にあたる行動圏選択について着目し、研究を行いました。ニホンザルの行動圏選択については、これまでに数多くの研究がなされてきましたが、ニホンザル農作物加害群を対象とした研究はほとんどない状態となっています。このようなニホンザル農作物加害群の行動圏選択を明らかにしていくことは、被害管理を行っていく上で非常に重要な情報となります。

 本研究では新潟県新発田市に生息するニホンザル農作物加害群13群れを対象とし、行動圏面積と群れ頭数、行動圏内の環境情報から解析を行いました。位置情報に関しては2009年の位置情報を用い、生息地の環境情報は衛星データから作成した土地被覆図を用いました。これらのデータを用いて、固定カーネル法で行動圏推定を行い、行動圏面積や、群れ頭数、行動圏内に含まれる環境の質の関係について明らかにしていきました。さらに今回は、景観生態学的な視点から、生息地の景観構造がニホンザル農作物加害群の行動圏選択に与える影響についても評価していきました。

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図1.発表ポスター

 今回のポスター発表では、行動圏サイズと行動圏内の針葉樹林率の関係、行動圏内の農地面積と広葉樹面積の関係、農地の景観的特徴と行動圏内の広葉樹面積の関係の3つの解析結果を紹介いたしました。これらの結果、ニホンザル農作物加害群では、群れ間で一頭あたりの餌資源量に大きな差があることが分かり、自然群で成り立つ関係がみられないことが分かりました。さらに、農地の景観的特徴が農地の採食パッチとしての質(利用しやすさ)に影響することで、行動圏選択に影響していることが示唆されました。

 この研究は、まだまだ取り組み始めたばかりなので、今回の発表はまだまだ煮詰めなければならないところが多くあります。より幅広い視点から解析に取り組むことで、ニホンザル農作物加害群の行動圏選択を明らかにしていきたいと考えています。今後の課題としては、広葉樹の質の評価や作付物の分類、加害群度の把握、林縁からの距離による農地の重みづけなど… やらなければならない課題が山積みの状態となっています。今回頂いた賞を励みに全力で頑張ってまいります。

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図2.屋根の上でくつろぐ加害群ザル



中村勇輝 (なかむら ゆうき)
1991年生まれ。山口県岩国市出身。現在,新潟大学大学院自然科学研究科 博士前期課程1年在学中。
研究テーマはニホンザル農作物加害群の行動圏選択について。趣味・興味・関心のあることは、バードウォッチングと植物観察、ドライブ、旅行、運動(サッカー、バドミントン)など。野外で遊ぶのが大好物!!
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2014年08月25日

都市化が生物多様性に及ぼす影響 〜 都市化度×パッチ面積×分類群の交互作用 〜

 この度はポスター賞をいただき,大変うれしく思っています.

 今回の研究は,「都市緑地を対象に,周辺の開発の程度(都市化度)と緑地の面積(パッチ面積)が生物多様性(鳥,昆虫,植物)に及ぼす影響を明らかにすることを目的としています.」・・・と言うのも,そこには3つの背景があります.
 
 第一に,生態学の分野において,これまで都市をフィールドとした研究が少ないため,未解明な点が多いこと.

 第二に,自然体験の喪失が懸念される中で,多くの人にとって自然と触れ合える身近な場である都市緑地の再評価が求められており,その基礎資料(どのような生き物が,どこに,どの程度いるのか?)が必要であること.
 
 第三に,都市緑地は人間活動の影響を大きく受ける一方で,都市の再整備を通じ,人間によって新たに創出される機会もあるため,生物多様性にとってどのような緑地(規模,質,配置)が好適なのかを知り,都市の緑地計画につなげていくこと.

 そのため本研究の最終ゴールは,幅広い都市化度を有する範囲(例:東京都心〜多摩地域)において,緑地の規模や質(植生構造),配置(周辺環境や緑地の連結性)の違いが,生物多様性にどのように影響するかを明らかにするとともに,地域の実情に合わせた生物多様性保全に効果的な緑地保全・創出手法を具体的に提案することです.

1.緑地で見られる生き物たち(時計回りに,モズ,カワセミ,オシドリ,ウグイス).jpg
図1. 緑地で見られる生き物たち(時計回りに,モズ,カワセミ,オシドリ,ウグイス)

 調査地は,東京都心(23区)・郊外(東京市部)・自然地域(多摩川周辺以西)を対象に,大規模公園(10ha以上)9箇所,中規模公園(2-10ha)21箇所,小規模公園(0.1-2ha)30箇所の計60箇所を選定しました.

 野外調査は,2013年の秋に開始し,その後,冬・春・夏の計4時期について実施しています.鳥類と飛翔性昆虫類(チョウ類・トンボ類・バッタ類)の調査にはラインセンサス法を,地表徘徊性昆虫類(オサムシ類・シデムシ類)の調査にはピットフォールトラップを用いました.あわせて,調査ルートやトラップ設置場所周辺にコドラート(10m×10m)を設定し,対象地の植生構造を記録しています.

 これらのうち,ポスター発表では2013年秋の結果をご紹介しました.都市化による種数の低下は大規模緑地ほど大きい一方で,小規模緑地は面積効果によって都市化度によらず種数が少ないことがわかりました.またそれらの影響の程度は,分類群によって異なっていました.すなわち,移動能力の高い鳥類や飛翔性昆虫類では,中・小規模の緑地では都市化の影響が見られなかったのに対し,地表徘徊性昆虫類では,都市化による種数の減少傾向が見られました.また植物では,植栽の影響を受け,他の分類群とは異なるパターンを示すことがわかりました.

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図2. 発表ポスター

 このことから,少なくとも2つのことがわかりました.まず,単一の分類群に着目した調査を行っても,都市の生物多様性のパターンはわからないということ(つまり,今後,複数分類群を対象とした環境指標種や簡便な調査法を探す必要がある).次に,ある緑地の生物多様性はその場所の面積と周辺環境の両方の影響を受けているため,個々の緑地や地域の実情にあわせた環境目標や緑地整備手法を選択する必要があるということ(例えば,都会の緑地に田舎の生物種を呼びよせることは困難であるかもしれないが,身近な生き物を観察する場としてとらえれば都会の緑地の意義づけや整備方法が決まる).

 今後,日本の都市では,人口減少と都市の縮退・再編に伴い,野生生物の生息場所としての都市景観も大きく変化すると予想されます.本研究をさらに発展させることで,地域の実情や政策的課題(環境目標など)に応じた緑地の整備や再配置などの技術的支援,都市の生物多様性のモニタリング手法の提案などにつなげていきたいと考えています.



上野裕介(うえのゆうすけ)
1977年生まれ.福岡県宗像市出身.現在,国土交通省国土技術政策総合研究所 任期付き研究官.北海道大学大学院水産科学研究科 博士後期課程 単位修得後退学(水産科学博士).研究テーマは,国土管理や自然環境保全を目的とした生物多様性評価手法の開発と政策への反映.趣味・興味・関心のあることは,2人の子供(3歳,0歳)と遊ぶこと.
posted by 管理者 at 09:37| Comment(0) | 景観生態学の現在